僕らの背骨
その騒がしい都心の駅に着くと、真理はふと"あの男"を思い出した。
数時間前、この場所でその男に腕を掴まれ、真理は恐怖に震えた。
なのに…、
また来てしまった…。
真理は美紀にメールを打った際、何故待ち合わせ場所をここにしたのかを疑問には思っていなかった。
美紀と効率良く会う為だと言えば確かに納得は出来るが、その場所が見知らぬ男に脅かされた場所だという事実があるのなら、それは妙である。
それも今日この日の出来事だったにも係わらず、真理自身がまたこの場所に来る事を望んだのは、やはりその男に対して少なからずの興味を持っていた事になる。
その軽はずみな興味が、自身を危険にさらす原因になる事くらい、真理にも分かっていた。
日々ニュースで流れる悲痛な事件は、まさしく真理と同年代の少女がその対象となっていて、それが自分にも現実に起こり得る身近な存在だという事も、真理は重々承知していた。
だからこそ、その男との対面で真理は冷静に判断して"拒絶"という行動が取れたのだ。
ただ今この場に立ちすくむ真理は、他の誰でもない"あの男"が…、またどこからともなく現れるのでは…、と胸の奥底で期待していた。
もし実際現れたら…、
そう考えると真理は少し怖くも感じたが、やはりそれでも"会いたい"という気持ちは否定出来なかった。
辺りを見回し、真理はその姿を探した。
あの長身で美しい顔立ちは、真理でなくてもすぐに視線に入る。
事実、真理の記憶にはその"長身"と"美形"という言葉ででしかその男の姿を呼び戻す事は出来なかった。
しかし、その姿を一目でも見られれば、真理はそれがあの男だと確信出来ると思っていた。
というより、真理はこうしてまた会いたいと想っている自分の感情に、"確信"が持ちたかったのだ。
自分が恋をしているのか…、
という事に。
真理が視線の先にその姿を見つけられずにいると、背後から美紀が声を掛けて来た。
「4daxじゃないの?待ち合わせ駅だっけ?」
美紀は意外にも平静な様子で言った。
「あ…、そっか…、待ち合わせ4daxだっけ!?ちょっと勘違いした…。」
真理はそう言いながらもまた辺りを見回し、ゆっくり美紀と歩き出した。