僕らの背骨
第二章 吉岡誠二
{11月1日 AM 9:22}
誠二は自宅マンションに着くと、ロビーのインターフォンに鍵を挿し、入口のオートロックを開けた。
ポストを開け、中からダイレクトメールや新聞を取り出すと、誠二はその乱雑に詰め込まれた新聞の間に挟まっている一通の封筒に気が付いた。
封筒の裏には小さな字で"莉奈"と書かれていた。
誠二はそれらに興味を示す事なくエレベーターに乗ると、ゆっくりと天井を見上げた。
理解されなくても良い…。
"擁護"を得られれば…、
俺は理解されなくても良いんだ…。
誠二は部屋に入ると、鍵や新聞を靴箱の上に置き、部屋の奥へと入って行った。
締め切られたカーテンから朝日が漏れ、綺麗に整理された部屋を映し出した。
およそ20畳程ある広いリビングには赤い合成皮の一人掛けソファがポツンと置かれていて、横に小さなガラステーブルが添えられていた。
その部屋にはテレビや音楽プレイヤーなどはなく、まるで映画の主人公が住むような生活感のない部屋だったが、耳の聞こえない誠二にとって不必要な嗜好品は、自分の"欠陥"を認識させる不愉快な造物でしかない。
もはや誠二にある嗜好は、ただ一つの真実を守る事だけにあり、それ以外に欲する選択肢がなかった。
誠二にとって真理の人生が救いであり、"未来"なのだ…。
仮に自身が身代わりでも、誠二は迷う事なく真理を優先するだろう。
それを誠二自らで背負った責任だと言う事は明らかだが、今はまだ知る由もない真理への提示は、一片の苦痛として更なる重荷を増していた。
自身の精神は次第に熟成を超え、恍惚とする快楽すらその責務から生まれ、囚われた異様な背骨の捩れもまた…、誠二には揺るぎない自信だった。
虚ろう日々の求愛は微かな光りをも失い、今はただ真理からの"救い"にのみその希望を抱いていた。
それが一方通行だと認知しつつも、誠二はもう縋る事でしか身を支える事が出来なかったのだ。
無感の末に得たその精神異常はいずれ誠二自身を著しく蝕み、無感と無音の世界を永遠にさ迷う事になる…。
その先に救いがなくとも、
誠二は微光の射す過去を振り返る訳にはいかなかった。