僕らの背骨
誠二はリビングを抜け寝室に入ると、クローゼットを開けた。
比較的シンプルなスーツを手に取り、片手にそれを持ったままクリーニング済みの白いワイシャツを束から一枚抜き取ると、それらを取り敢えずベッドに置き、誠二は着ていた服を脱ぎ、スーツのパンツを履いた。
すると寝室の隅にある大きな鏡が誠二の引き締まった身体を写し出した。
長身で整った顔立ち、加えてまるで幼児のようなその白く綺麗な肌は、女性すらも嫉妬してしまう程美しかった…。
しかし、15才とは思えないその完璧な美貌は、誠二にとって最も切実な"悩み"でもあった。
その理由の一つは、
やはり女性からの求愛である。
容姿からはまったく想像出来ない誠二の障害は、誠二に恋する女性からすると、その障害を知る以前よりもさらに誠二に母性本能をくすぐられるらしく、必要以上の気遣いと求愛で誠二を疲れさせた。
この美貌を持ってしても、誠二が今だに女性と深い関係になった事がないのは、その理由からして不思議な事ではなかった。
誠二がこの容姿を"悩み"として認知するもう一つの理由は、どこにいても"目立つ"という事だった。
美し過ぎる誠二という被写体はどの目にも鮮明に写り、街角や店内、電車やバス等の乗り物の中でも誠二はその場の"花"となり、性別に係わらず人々を癒した。
そんな無意識な注目が、誠二には煩わしい事この上ないのである。
誠二は生れながらにその美貌が備わり、誠二自身の存在意義であるその"使命"の足枷になっていた。
しばらくして誠二は悲しい目で鏡から目を逸らすと、シャツの袖に手を通し、細い黒ネクタイを締めた。
そしてジャケットを羽織り、クローゼットから黒いコートを取り出すと、それを左手に持ちながら玄関へ向かった。
誠二は靴箱の上の封筒を手に取り、そのままそれをジャケットの内ポケットに入れると、ふと"重要"な物を忘れた事に気付き、足早にリビングに戻った。
ソファの横にある小さなガラステーブルから小さなメモ帳を取ると、誠二は安心した様子でそれを内ポケットにしまい、玄関に向かった。
差し込む朝日がカーテンの隙間からテーブルを照らしていた。
それはまるで、二度と帰宅する事のない家主に別れを告げているようだった…。