僕らの背骨

誠二はマンションを出て、最寄駅から上り電車に乗った。

まだ朝早くではあったが比較的その電車は空いていて、誠二は入口付近の隅に身を置くと、流れる都会の情景を眺めた。

大通りが見える度に、世話しない車の行列が街の雑踏を"無音"で伝え、小さく見える優れた"健常者達"をその飾りとしていた。
誠二は決して卑下するような目線でその景色を眺めていた訳ではない。

ただ羨ましかった…。

主観でしか悩みとして認知されない毎日の退屈や、本来望むべき理想と掛け離れた現状が…。

そう、例えばその日々の往復でやがては精神を病むような怠惰な自己陶酔…。

つまり、俗に言う"普通"の人達が誠二にとって何より羨ましかったのだ。

自身の障害は抜きにしても、恐らく誠二が望むのは退屈な"平穏"であり、決して羨望に値するような日々ではない。

それが誠二の理想の人生であり、また叶わぬ夢なのだ。

『隣の芝は青く見える』などの陳腐な抑圧で済むのなら、誠二がここまで悲哀の目で流れる景色を眺める事はなかっただろう…。


誠二は目的地の駅に着くと、生まれて初めて真理の住む街に足を踏み入れた。

少なからずの胸の高揚が一瞬表情に出ると、誠二は一度深呼吸をして改札を出た。

過ぎ行く自身の生い立ちが、映像としてフラッシュバックする中、誠二は真理との初対面を想い描いた。

真理はまだ何も知らない…。
拒絶されるのは分かっている…。

心が折れては駄目だ…。

ただ理解されるまで、
耐えるんだ…。

誠二は胸の高鳴りを右手で抑え、ゆっくりと呼吸を整えた。

しばらくすると閑静な住宅街に入り、誠二は記憶している番地の家を探した。

5分程して誠二は急に足を止めると、視界に入った表札をじっと見つめた。

−田中−

そして名字の横に小さく書かれた名前を見ると、誠二はその家を見上げ、間違いない事を確認した。


−秋子・"真理"−

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