僕らの背骨
平日の朝という事もあり、真理は既に登校した後だった。
もちろん誠二にもそれは予想出来たが、帰宅時まで自宅に待機するという発想は誠二になかった。
待ち望んだ今日の対面を、さらに数時間自宅にて待ち焦がれる事は、誠二にとって耐え難い苦痛だった。
この対面を経て、真理の本当の人生がスタートする…。
そんな異質な"真実"が、十数年間誠二の肩に重くのしかかり、まだ少年である一つの心がその背負わされたベクトルの為に紙一重で支えられ、更なる葛藤をまた一つの"真実"として誠二に痛みを感じさせていた。
すると見上げた家の玄関口から鍵を開ける音が聞こえた。
…秋子か?
誠二は少し慌てて物陰に隠れた。
真理の母親である秋子がバッグを片手に玄関から出て来て軽く辺りを見回すと、鍵を閉め、誠二が隠れた物陰とは逆側の方へ歩き出した。
その秋子の姿を見た誠二は、目を見開き、呆然とした表情でその姿を目で追っていた。
全ての元凶である田中秋子…。
子の母であり…、
夫の妻…。
何も知らずに彼女を見ればそれが当然で、誠二の目にもそう写った。
ここに平穏があるなら、
どうか二人をこのままにしておきたい…。
誠二は心からそう思った。
しかし、綻び始めた仮面はやがて真理を深く傷つける形でその姿を現す事になる。
それこそが誠二が恐れている形であり、最も避けるべき未来だった。
もし出来る事なら全ては白い無地に戻り、疑いのない平穏な日々をこのまま真理に…。
仮に秋子の真意が真理への擁護だとしても、誠二にはそれを欺瞞としか捉える事は出来なかった。
秋子目線での真実は間違いなく捩曲がった真実で構成され、真理を動揺させない範囲での"お伽話"でしかない。
だからこそ、
伝えるべきなんだ…。
誠二は改めて自分のしようとしている事の正当性を確立した。
そんな身勝手な理想の先にある"虚像"が身を捉えると、誠二は我に帰った。