僕らの背骨
誠二は辺りを見回し、道路を隔てた反対側の商店街に気付くと、取り敢えず落ち着いて考えられる店を探す為、清林学院を後にした。
"無音"の商店街には、先を急ぐ人の顔だけが同じ目線で交差し、通り過ぎるその注目の眼差しはまさしく誠二に向けられていた。
誠二は馴れた様子でその視線をただの空気と捉えながら、目についた喫茶店へ入った。
この喫茶店はある程度栄えた街にならどこにでもある大手チェーン店で、早朝から深夜までオープンしている。
誠二はレジ台の上に貼られたメニューからアイスコーヒーのラージサイズを指差し、店員にそれを伝えた。
店員が少し困惑した表情を見せると、誠二は自身の耳を指差し、"耳が聞こえない"とアピールした。
「…あっ、アイスコーヒーのラージですね?」
機転の利くその女性店員はまだ20歳にも満たない若さだったが、誠二の障害に気付くと、なるべく唇の動きだけで誠二に言葉が伝わるように、ゆっくりと大きく口を開け、その応対の言葉を言った。
その嫌味のない応対はしっかりと誠二に伝わり、誠二自身も嫌味のない笑顔でそれに答えた。
誠二はアイスコーヒーを手に2Fの禁煙席に座ると、ふと"莉奈"の事を思った…。
莉奈もまた被害者で、何の罪も無い…。
彼女は知る必要もなかったんだ…。
脳裏に過ぎる優しき莉奈からの擁護は、いつでも誠二を傷つけ、また孤独にさせた…。
同情の先にある受け手の感情は、誰であっても悲哀で包まれる。
それが各々にある屈折故の捉え方なら、受け手にその同情が向けられる訳がない。
つまり同情には相応の基準という物があり、いわゆる"資格"にも似たその状況や人柄が受け手の適性となるのだ。
障害を持ち、常に悲しき目で日々を耐える誠二には、他人から見てまさしくその資格があった。
美しく、誠実で、優しき包容力…。
他人の目には誠二がそう写るだろう。
元来誠二はその通り優しき少年ではあったが、次第に募る疑惑と無知の罪が膨れ上がり、誠二の精神を滅ぼした…。
消化されやすい妬みや怒り、喜びが一定の感覚で誠二に訪れていれば、誠二の精神はまた違った形で形成されたのかも知れない。
しかし誠二は背負った背骨以外にも、"障害"という名の犠牲を偶発的に備えていた。