僕らの背骨
消化される事のない感情の起伏は常に誠二の内でこもり、やがて澱んだ精神を芽生えさせた…。
そんな悲しき自分と莉奈を皮肉を持って考えていると、ふと誠二は今朝の秋子の様子を思い出した。
誠二が見た秋子の様子から見て、恐らく秋子は今日まで"真実"を伝える事なく真理を育て、その母親としての信頼を築いた…。
誠二は表情を曇らせた。
秋子が母としての責任を果たしているのなら、その真実を話す権利はやはり秋子にあるのではないだろうか…。
まだ口をつけていないアイスコーヒーのグラスは、気付くと全体に大きな水滴で覆われ、ナプキンに染み込んだ水分の量が、哀しくも誠二の悩める時間を表していた。
その時、誠二は昨日携帯に着信した莉奈からのメールが頭を過ぎった。
−(^0^)/莉奈東京に来たよ!
実は誠二の叔父さんに旅費全部出してもらったけん!!−
誠二は思い返すと下を向き、深くため息をついた。
莉奈が誠二を想い山口県から東京に来た。
その事実がまた誠二を悩ませ、避けようのない一日の騒乱を予期させた。
同時に莉奈との過去の生活が、暖かい記憶として誠二に蘇る。
拭い去れないその緩やかな感覚は、今では誠二を苦しめ、果たすべき責任の意思を揺らがせた。
もう莉奈を失った…。
自分の傲慢な決意の為に…。
誠二には悔やむ心などなかった。
ただ想う莉奈の未来に、自分が何かをする事で真理と同じような"背景"が加わってしまうかもしれない…。
それが誠二が莉奈を振り切れずにいる唯一の原因であり、決して継続した求愛を望むからではない。
莉奈の擁護の先に、
どうか新たな対象が生まれて欲しい…。
誠二はそう思う事で、莉奈への罪悪感を忘れようとした。
忘れて欲しい訳ではない…、
そばにいて欲しい訳ではない…。
ただ"理解"して欲しい。
自分がしようとしている事を…。
誠二はその擁護との決別を、
また心に誓った。