僕らの背骨
何気なく手を伸ばした先に陳列された新聞があり、誠二はその不必要な新聞を掴むと、そのままレジにそれを置いた。
「…あっ、すいません。」
棒立ちだった真理は、その時初めて"聞こえぬ"言葉を誠二に向けた。
混濁した思考で真理の存在を結果的に無視してしまった誠二は、そのまま目線を伏せながら新聞の代金を支払った。
そんな誠二の姿を見ると、真理は少しがっかりした様子でペットボトルを片手に店を出て行った。
真理…、俺は怖いんだ…。
君が俺をまるで危険人物のように扱って、困惑した表情を見せながら、聞こえぬその拒絶の罵倒を肌身に感じるのが…。
誠二は新聞を持ちながら、うなだれた様子でコンビニを出て、また先程の雑居ビルの前に立った。
"父さん"…、
これがあなたの言う"弱さ"か…。
誠二の脳裏で、"その記憶"が巡った。
寒い冬の日…、
それは誠二の10才の誕生日だった…。
誠二の父である"田中幸雄"の手記が、物置の古い机から見つかった。
−告げる事は出来なかった…。
それは保身の為なのか、彼女を傷付けまいとする言い訳なのか…。
私は弱い…。
何より毅然とせねばならないはずなのに、その"精算"があまりに怖く、今でも逃げている…。
話さねばならない…。
"秋子"に…、全てを。−
弱さか…。
やっと分かったよ、その意味が…。
誠二はふと目を閉じると、その自身の弱さを知り、同じように動き出す真理の感情もまた弱さを見せ、やがては理解するのだと…、誠二はそう思おうとした。
そう、真理も同じなんだ…。
俺のように弱さを見せ、理解を望む相手を拒絶する…。
それで良いんだ。
理解出来ないからこそ、君が自身の"運命"を知らない選ばれし一欠けらである証拠だ。
仮に真理が長い月日を掛けて秋子に洗脳され、その事実を都合良く捩曲げられているのなら…、恐らく真理はその場で俺を受け入れ、直ぐさま秋子の唯一守護の背徳者となるだろう。
そう、どうか拒絶してくれ…。
この身を…、この俺を…。
誠二は一歩を踏み出し、真理のいるカラオケ店に入って行った。