僕らの背骨
広いロビーのある店内に人影は無く、受付の中にもスタッフはいなかった。
誠二はロビー中央に設置されたソファに腰掛けると、店員が来るまで新聞に目をやり、出来るだけ自然な装いで待つ事にした。
するとその時、通路から制服姿の少女が現れ、少し遠慮がちな様子で誠二の向かい側のソファに座った。
真理…。
誠二は視線を新聞に向けたままだったが、それが真理だとはっきり分かった。
友達の姿はない…。
トイレか?
部屋にいるのか?
しかし、店員が不在で真理の友達もいないこの奇跡的な状態は長くは続かないだろう…。
誠二は冷静に状況を捉えつつ、またもどこか接触を避ける逃げ道を探していた。
駄目だ…、今しかない…。
例えこの状況が数十秒の間しか持続しなくても、この"存在"を伝える事くらいは出来る。
どちらにしろ最初は理解されないんだ…。
彼女に伝えよう、
"吉岡誠二"という存在を…。
誠二はソファに新聞を置くと、胸ポケットからメモ帳を取り出し、簡潔な要点を書き始めた。
まずは一枚目、
−俺は生れつきが耳が聞こえない。でも相手の話す言葉は口の動きで理解は出来る−
これは意思の疎通には必要最低限の事柄である。
そして二枚目、
−君と俺は異母兄弟だ。
田中幸雄は俺の亡き父で、君の実父でもある。−
かなり強引だが、誠二にとってはまさしくこれが要点で、避けていては先へ進めない。
そして三枚目、
−君の母である秋子には、大きな"秘密"がある。−
そして四枚目、
−どこか静かな場所で、俺の話しを聞いて欲しい。−
どんなに低脳な人間でも、こんな文章で誠二を信用する事は出来ないだろう。
もちろん誠二自身、真理の拒絶は確実だと予想したが、この説明以上に伝わり易く文章を書く事は今の誠二には難しかった。
誠二は覚悟を決めると、メモを一枚目のページにめくり、真理に視線を向けた。
少し困惑した表情で誠二のその視線に対した真理は、何も言葉は発さずに、ただ誠二を見ていた。
そして、
誠二はそのままメモを真理に見せた…。
この瞬間…、
二人は初めて出会い、
その交差を"光り"として見た…。