僕らの背骨
第三章 高橋莉奈
{10月29日 PM 4:51}
莉奈は誠二の自宅に着くと、二階の窓を眺めた。
既に生活感を失ったその部屋は、光りはおろか影すら見せずにただ誠二の不在を教えていた。
誠二が数ヶ月前まで住居としていたこの部屋は、戻る事のない人間を嘲笑うかのようにその在り方を放棄していた。
莉奈はその二階の部屋を眺める度に、誠二との平穏な日々を思い返していた。
現存する幸福ではなく、既に幸福と自身で認知出来た過去の記憶だけを莉奈は救いとしていた。
誠二を取り戻す事なんて、
出来るはずがない…。
莉奈は誰よりも誠二を理解し、擁護してきた。
だからこそ、誠二の"決意"も理解すべきだった…。
莉奈がその後悔に気付いた時には誠二はこの地を離れ、東京にいた。
山口県から東京都まで、新幹線を使えば数時間で行ける。
しかし莉奈にしたらその距離は途方もない距離であり、また一つの壁でもあった…。
あの日、莉奈のある意味での拒絶は誠二を孤独にさせ、唯一であった恋人を莉奈自身から遠ざけた。
今でもその距離は変わらず莉奈を苦しめ、また疎外させた。
一度莉奈は誠二に会いに東京に行こうとしたが、結局誠二からは連絡を拒絶され、何の擁護も感じ得ぬまま、ただ自身の後悔を深めるだけとなった。
絶対、誠二に会う…。
誠二の部屋だった二階の一室を見つめながら、莉奈は心に誓った。
莉奈は自転車に乗ると、そんな決意と共に走り出した。
莉奈の住む山口県双福市は、大きな街道沿いに町が発展していて、それを囲うように山々があった。
莉奈が自然の中ですくすくと育ったと言えばそうだが、このような"無菌"から一度求愛の先を見つけてしまうと、"少女"の全ては一変する。
退屈の先に都会への憧れは必然的に訪れ、故に恋愛も必然である。
もちろんそれ以上に莉奈はこの田舎町での孤独には耐え難いものを感じていた。
日常は平穏で、時間はゆっくりと流れる。
活発な性格である莉奈にしたら、誠二に恋した事もまた必然とも言えた。