僕らの背骨

やはり美紀にメールすべきだろうか…。

そう思いかけた時、せめてトイレに紗耶がいないかをチェックしてからにしようと真理は腰を上げた。

受付横の通路には大きな水槽が設置されていて、間接照明に暖かく照らされた通路と小さく揺れ動く熱帯魚が妙に雰囲気を出していた。

真理の美観センス的に一応好きな景観スポットではあったが、壁に書かれた陳腐な落書きがその雰囲気を著しく壊していた。

その反発ともいう意味で、真理は一度もこの通路で立ち止まる事はなかった。

トイレに入ると真理は三つある個室の内、一番手前の個室のドアだけ閉められている事に気付いた。

「…紗耶?」
出来るだけ小声で真理は確認した。

「うん、すぐ出る…。」
紗耶も小声で応対した。

良かった…。

真理は声には出さずにホッとため息をつき、静かにトイレを出て行った。

また薄暗い通路を抜けると、真理はソファに座っている見覚えのあるその男を見て、心臓が破裂しそうになった…。

黒いタイトなコートの前を開き、細く長い指で新聞を開いているその男は、まさしく先程のコンビニで真理の視線を奪った男だった。

真理は困惑しながらもテーブルを隔てた男の向かい側のソファに座った。

空いてるのに座らないのも不自然だし…。

真理は座ってしまった自分を正当化するような言い訳を色々探していた。

男は先程とは打って変わり、真理の目を見ようとはしなかった。

この人は偶然ここに用事があるだけなんだろうか…。

真理がチラチラとその男を見ていると、男は持っていた新聞をソファに置き、ジャケットの内ポケットを探り出した。

真理が男の一挙一動に動揺していると、男が内ポケットから小さなメモ帳を取り出した。

…メモ帳?

真理の好奇心は胸の内で激しい鼓動として騒いでいた。

男はそのメモ帳に挟んであったペンを慣れた手つきで抜き取り、何やら書き始めた。

一枚、二枚、三枚、……。

真理が途中から数えるのを忘れるくらい、男は一生懸命メモ帳に何かを書き記していた。

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