僕らの背骨
「大丈夫です、莉奈はお酒は飲まないです。」
莉奈は途端に笑顔で言った。
「では、こちらへどうぞ。」
店員が通した席は店の一番奥の席で、通常なら4人〜6人用のテーブルだった。
外から自分が見えないようにしたのだろうか…、と莉奈は卑屈な予想をしたが、どちらにしてもこんなお洒落な店で食事ができる喜びの方が強かった。
メニューと同時におしぼりと水を持って来た店員は、軽くお勧め料理を紹介して莉奈の緊張を解そうと努めていた。
その気遣いは大いに莉奈の緊張を解したが、料理の説明はまるで頭に入らず、取り敢えず説明のお礼を言ってメニューから選ぼうとした。
イタリア料理が中心のそのメニューからは、もちろん莉奈の馴染み深い料理などはなく、パスタ一つにしてもやたらと名前の長い物ばかりだった。
「リコッタチーズ…、って言われても分からん…。普通にミートソースとか書いてくれればええのに…。」
そんな事をひそかに呟きながら、莉奈はメニューを顔の目前まで近づけていた。
「旅行で来たの?」
莉奈がメニューから顔を上げると綺麗な女性店員が話し掛けてきた。
「あ、はい…。」
不意を突かれた莉奈は慌てながらも『なんでタメ口?』という疑問が頭を過ぎった。
「どこから?一人で来たの?」
その女性は嫌みのない優しい口調で莉奈に聞いた。
「はい、一人で…、山口県の双福市から…。」
莉奈は田舎者である自分を隠す事なく話した。
「山口県か…、偉いね一人でこんな遠くまで。親戚とかに会いに来たの?」
女性店員は興味津々な様子で聞いた。
「いやっ、あの…、"彼氏"に会いに来ました…。」
莉奈はそこで初めて嘘をついた。
誠二がもう自分の恋人ではない事は自身で理解していたが、遥々東京まで来た理由を少しでもロマンチックな物にする為に、"彼氏"という表現を使った。
「えぇ〜!凄いね!!遠距離恋愛なんだ?」
女性店員はさらに莉奈に食いついた。
「あ、まぁ…。」
少し照れ笑いを見せながら莉奈は言った。
「羨ましいなぁ…。彼氏に会う為にこんなに遠くまで…。そこまで真っ直ぐ人を好きになれるのって…、凄い幸せな事だね?」
女性店員は穏やかな視線を莉奈に向けながらそう言った。