僕らの背骨
−話しだけでも聞いてくれないか?−
メモを見せているその男は、真理の目から見る限り、俗に言う危険人物には見えなかった。
…話し?
しかし真理は常識的に考えて、見知らぬ男と二人きりの状況を作る気にはなれなかった。
「ごめんなさい…、無理です。」
真理は男に自分の唇の動きがちゃんと見えるよう気を遣いながら話し、その後軽くお辞儀をして男の前から立ち去った。
その唇の動きから、はっきりと真理の拒絶が伝わった男は、真理が立ち去った後、また悲しげな顔をしながら俯いていた。
「…ていうか遅くない!?」
真理の顔を見るなり紗耶はそう言った。
「…ごめん!!行こっか?ていうか紗耶んちって駅どこ?」
真理は敢えて男との出来事は話さずに、今はただ"平穏"な状況を作りだそうと明るく振る舞った。
「神着駅、ていうか言ったよ!!あんたアタシに興味無し!?」
紗耶は軽い冗談混じりで真理を睨みながら言った。
「ていうか知ってるし!!知らないフリしただけだし!!」
そう言って真理は鼻を大きく拡げながら冗談を返した。
紗耶の素の明るさが今の真理には心地良く、恐怖に震えた自身の記憶を少しずつ軽薄にしていった。
電車の窓から見える景色は次第に暗くなり、街を彩る光の粒が一駅毎に減っていく。
紗耶の自宅がある"神着"という名の町は郊外にあり、普通に暮らす分には何の問題もない静かな町である。
しかし大人目線での捉え方なら、毎日退屈できる事必至の静か過ぎる町だった。
もちろん中学生である真理や紗耶にもその"退屈"を感じる事は出来たが、自身で住居する地を選ぶ"選択肢"がまだない以上、その地に留まり、"退屈"という当然の感情を"平安"出来る我が町だと自分に言い聞かせるしかないのだ。
「私、神着来んの初めてかも…。」
真理は駅を出ると辺りを見回しながらそう言った。
「マジで?…まぁ何もないしね。アタシも住んでなかったらこんなとこ絶対来ないし。」
紗耶は飽くまで自分は都会派なんだと主張するかのように言った。