僕らの背骨
「また方言…、超可愛い…。」
美紀は少し泣きそうな表情で言った。
「もう良いからそれ!ていうかさ…、恋愛で何かを犠牲にしなきゃいけないなんて…、なんか悲しくない…。そもそも恋人同士になるってすごい幸せな事でしょ?なのに、相手のせいで自分の自由がなくなるなんておかしくない?そんなの幸せって言えないよ…。」
莉奈はまるで自分の事のようにそれを言っていた。
「分かるよ…、分かるけどさ…。」
美紀はそれを正論だと認めつつも、やはり否定出来ない田辺への求愛の方が強くあるようだった。
その時、田辺がバスルームから出て来た。
田辺は下を向きながら無言でベッドの端に座り、興味なさげに教科書をパラパラとめくっていた。
「…数学やろっか?」
美紀は何事もなかったようにそう田辺に言った。
「…おぅ。」
田辺は気のない返事をした。
「………。」
全部聞かれてたのでは…、と莉奈は思い、無言のまま少し身を引いて様子を傍観しようとしていた。
「あのさ…、ちょっと良い?」
田辺が美紀に言った。
「…何?」
美紀は何かをただならぬ様子を察知して言った。
「ちょっと外…。」
田辺は立ち上がると、そう言いながら美紀を部屋の外へ促そうとした。
「何?別にここで良いじゃん…。」
美紀は立ち上がりながらも多少の拒絶を見せていた。
結局美紀は田辺に手を引かれ、バッグや教科書をそのままにして二人で部屋の出て行った。
二人が通路に出てすぐに莉奈はドアがオートロックな事を思い出し、ドアを開けた。
「…あの、オートロックだから、終わったらノックして…。」
莉奈は田辺には視線を合わせず、美紀に向かってそれを伝えるとゆっくりドアを閉めた。
のぞき穴から見える通路の範囲はごく狭い物で、かろうじて美紀の背中が見える程度だった。
「…ずっと、言おうと思ってたんだけどさ…。」
田辺が言った。
そんな光景をのぞき見しながら、莉奈は驚く程その会話がつつぬけな事に気付いた。
通路からは部屋の中の音は殆ど聞こえないが、何故か部屋から通路の音は聞こえていた。
莉奈は災害用の設計でそうなっているのだろうかとも思いながら、聞き耳を立てていた。