僕らの背骨
「…何?」
美紀の不安そうな声が通路に響いた。
「俺さ…、他に好きな人がいんだよね…。」
田辺はさほど迷いもなくその要点を言った。
「………、はぁ?」
美紀は動揺した様子で言った。
「…別れてくんない?」
田辺は言った。
「…………。」
美紀はただ無言で田辺を見ていた。
「俺、先帰るからさ…、お前はまだいれば良いじゃん…。」
田辺はそう言いながら、ドアをノックしようとした。
「…ちょっと、…好きな人って誰?」
美紀は声を震わせながら言った。
「…お前に関係ないし、聞いてどうすんの?」
田辺は言うつもりはないらしく、美紀が納得するのを待たずにドアをノックした。
「!?」
全てを聞いていた莉奈はドアを開けるべきかどうかを悩んだ。
美紀を想うなら多少時間を稼いであげた方が良いのか…、しかし、美紀にこの辛い時間を継続させるのは酷なのか…。
しかし正しい答えは出ずまま、莉奈はゆっくりドアを開けた。
「ちょっと、俺のバッグ…。」
田辺はそう言いながら部屋に入った。
莉奈はドアを開けたまま、通路に立ちすくむ美紀を黙って見守っていた。
「俺、先帰るから…。」
田辺はバッグを片手に持ちながら莉奈にそう言うと、美紀を素通りしてエレベーターの方へ向かって行った。
「……ここじゃあれだから、…部屋入ろ?」
莉奈は優しく美紀に言った。
「………。」
美紀は次第に顔を歪ませ、立ちすくんだ姿勢はそのままに涙を流した…。
この光景を見ながら、莉奈は自身の失恋を思い出した。
誠二から真理の一件を聞かされ、それを批判した数日後、誠二は莉奈を捨てた…。
莉奈の自宅アパートに届いた誠二からの一通の手紙は、誠二らしくシンプルな内容で綴られていて、消印は東京だった。
−俺はもう二度と莉奈とは会わない。
…さよなら。−
この早急な行動から推測して、誠二は上京をずいぶん前から決めていたようだった。
つまりあの"告白"は誠二が莉奈を試す、懇願にも近い確認だったのだ。
"これからも俺と一緒にいて欲しい"という…。
あの時莉奈が誠二を理解し、それでも支えようと思えたのなら、今莉奈が孤独である事はなかっただろう…。