僕らの背骨
莉奈から美紀への実質的被害はないにしろ、これは人間として…、そして同じ女性としてのモラルに反する。
失恋というのは年齢に関係なく精神を著しく崩壊してしまう物なのだ。
『流した涙が自分を強くする』等の安っぽい言葉で救われる人間が本当にいるのだろうか…。
いずれふっ切れた時、自分が強くなったと錯覚するのは、飽くまで時間経過による順応の果てであり、涙の量は一切関係ない。
捉え方は人それぞれだが、莉奈が思う失恋の果てにある感覚は"孤独"…、ただそれだけだろう。
順応にはまだ時間経過の足りない莉奈や美紀にしたら、この莉奈の行為はまさしく冷酷であり、失恋をした対象への配慮に欠ける。
しかし、それを重視するあまり目的を諦めたとしたら…。
それもいずれは真理を傷つける行為に繋がり、莉奈は結局もう後戻りは出来ない状態にあるのだ。
フロントに鍵を預け、莉奈は美紀の後を尾けた。
美紀の後ろ姿はやはり傷ついている様子で、ずっと下を向きながらゆっくり歩を進めていた。
途中携帯を何度かチェックしながら美紀は駅までたどり着くと、券売機は利用せず、ICカードを使って改札を通り過ぎた。
「そっか…。」
ICカードを持っていない莉奈は焦った様子で券売機で適当な金額の切符を買い、改札を抜けた。
都心の路線という事もあり、電車はほとんど待ち時間を作らずにホームに流れ込んだ。
莉奈は改札を抜けるまでの時間で多少美紀とのタイムラグを作ってしまったが、何とか美紀が乗車した電車に乗る事が出来た。
莉奈はまた窓に写る流れる都会の夜景を眺めたが、すぐに視線を美紀に移し、あの癖を抑制した。
同じ車両では気付かれる可能性があった為、莉奈は一つ後ろの車両のドアの隅に陣取ると、隔てた窓から美紀の表情を伺った。
すでにラッシュピークを過ぎた時刻だったが、やはり東京の中核を行き来するこの路線は混雑していて、途中その混雑を利用しての痴漢らしき男が莉奈の太ももに触れたが、莉奈が振り向くとバッグが当たっていただけだった。
それでも莉奈は多少の嫌悪を感じ、ゆっくりと逆側の隅に場所を移動した。