泣いたら、泣くから。
三章-5
自分でもどうかしていると思う。
仕事中、気づけばカレンダーを見上げている。
そして、もう二週間が経つのだなと数えるたびにぼうっとする時間だけが増えてまるで仕事が手につかない。
気が逸れて、集中力が続かないのだ。
特に午後はいけない。
患者が少ない時間帯、診察の人手は足りているし、来たら来たで患者は院長や看護士とおしゃべりしているだけ。
若先生などと茶化される時間は目が合ったそのときばかり。あとはもっぱら世間話だ。
もちろんその輪の中にわたしの居場所はない。挨拶を交わすくらいで下がるのが常だ。
半世紀以上を生き抜いてきた彼らと和気あいあいと過ごせるようになるまではまだまだ修行が必要である。
手持ちぶさたに奥に引っ込んだわたしを待っているのは、ときおり聞こえる笑い声をのぞく静寂のみ。
仕事は、あるにはあるのだが――どうにも駄目だ。進まない。
静かであることは、人を余計な思考に走らせる。
いかんいかん……。
そう言って、かぶりをふるのも、何回目だろう。
最近やけに首や肩のあたりが痛むのはそのせいだと思う。
「中澤先生」
肩に手を乗せて首を傾けていると不意に背後から声がした。
振りかえると、呼んでいたのはわたしより一回り以上年上の看護士だった。
「なんでしょうか」
「可愛らしいお客さんがお見えですよ」
――――――可愛らしい。
その言葉にはっと姪の顔が浮かんで、慌てて立ち上がり「通してください」とお願いして待っていると、やがて看護士の後ろについて少女がやってきた。
揺れるスカートは姪の学校と同じ柄だった。
そう気づいた直後、胸を打つ鼓動が速さを増した。
「こちらにどうぞ」
「すいません」
え――――――。
これは……。
声を聞いた瞬間、違うとはっきりわかった。これは姪の声ではないと。
廊下の暗がりの中から現れたのは、高い位置で髪を一本に結いまとめた、姪とは似ても似つかない小麦色の肌をした女子高校生だった。
「お仕事中にすいません。私、中澤一花の友人で、林咲希といいます」