泣いたら、泣くから。

三章－6

「ご飯食べましょう一花」
「いらない」
「すこしは食べないと体に響くわ」
「いらない」
「一花……」


　トレイに並べられた主食汁物主菜と副菜。
　部屋中を満たす食物の匂いに、食欲がわくどころかむしろ吐き気がした。

　こんなもの、無理して食べたほうが体調を崩す。
　はっきりいって美味しくないし、嫌いなものは平気で入ってるし、味は薄いし。

　それに、胃にいれてしまえばその次はまるでこっちのほうがちゃんとした食事とでもいわんばかりに薬の山が待ちかまえている。
　なにも食べずにいるほうがずっと体にもいいと思う。

　私は困った表情をみせる母のほうへ机を押しやった。
　すこし強く押しすぎて、牛乳がこぼれる。

　薄ピンク色のトレイに白い水たまりが広がった。


「ねえ、すこしは食べましょうよ」
「いらないって言ってるでしょ！」


　是が非でも食べさせようとする母に、苛立ちが頂点まで達した私は思いきりトレイを机から払い落とした。
　瞬間、父の怒号が飛ぶ。


「一花！　なにをするんだ！」
「いらないって言ってるのに無理矢理食べさせようとするからよ！　私に近寄らないで！」

　
　とっさに、近くに置いてあったフルーツナイフを手に取った。
　直後、はっと息をのむ二人の声が耳朶を打った。
　イラッとした。
　もはや、そんなかすかな音ですら私の神経を逆撫でしていく。

　ゆとりのないとき、心配してくれる気持ちほど、人を苛立たせる材料はない。


　――もう、なにもかもが鬱陶しい。
　これ以上私に構わないで。
　私を怒らせないでよ。


　刃を出して誰もいない空中へ突きだした。


「一花、馬鹿な真似はよせ！　いい加減、俺も怒るぞ！」
「うるさい！」


　うるさい、うるさいうるさいうるさい！
　みんな黙れ！　もうなにも聞きたくない！


　早くこの部屋から出てってくれ！