泣いたら、泣くから。
耳に両手を当てて、外界の音を遮断する。
思い出したくなくて、まぶたを閉じた―――それなのに、より濃厚に記憶は輪郭を持って再生される。
なにも聞きたくないのに。
なにも思い出したくなんかないのに。
ふと視線を感じて、目を開けてみる。
視界の端――光るナイフの向こう――に、両親のではない黒い靴が映り込んだ。
やがて、静かに降りてきた細い指がフルーツナイフを掴み、刃を折りたたんだ。
そのままゆっくりと持ち上がる手につられるように、私は顔を上げた。
「……ど、どうして」
ナイフをそっとジャケットのポケットにしまい入れると、いつもと同じ、私の大好きな、穏やかな微笑を浮かべて、
「見舞いに来ることは悪いことなのかな」
そう言って、一歩踏み出した叔父を、私は言葉で制した。
「来ないで!!」
こんな、醜い姿を叔父に見られたくない。
私はとっさに布団を掴むと、それを頭から被った。
布団の向こうで叔父の声がした。
「二人にしてもらえるかな」
「なんだと!?」
父の声を母が抑える。「あなた……」
「ここは恭介さんに――」
「だがしかし」
「すこし、話をするだけさ。すぐ帰るから。すいません、春乃さん」
それからもしばらく会話は続いたようだった。
布団の中で耳をきつく押さえて叔父が帰ってくれることだけを祈っていた私にははっきりと聞くことはできなかった。