泣いたら、泣くから。


 遠くで、ドアが閉まる音がした。


 頭上に影が落ちて、それが叔父のものであるとはすぐにわかった。

 慣れた匂いがしたから。
 叔父の優しい香りと、薬のにおい。

 病院の臭いは大嫌いだったのに、叔父から漂う鼻を突くようなにおいは不思議と我慢できた。
 それが今、すぐ近くにある。


 叔父は囁くように言った。



「泣いてるの?」
「泣いてない」


 ぶっきらぼうに答えると叔父は質問を変えた。


「お茶をいれようか」
「いらない」


 引こうとしない叔父はなおも言う。


「座ってもいいかな」
「駄目、帰って」



 お願い。
 帰って。


 これ以上一緒にいたら、本当に泣いてしまう。

 布団一枚じゃあ頼りない。
 手を伸ばしたら、届いてしまう。
 もっと、距離を取らないと耐えられない。

 近すぎる。

 熱を感じる。

 触れたいと、願いはじめる。

 

 離れることが怖くなってしまう。




  
 離れられなくなってしまうから―――――――――。




「一花ちゃん――」


 叔父を遮って私は言った。


「お願い、叔父さん。帰って………………っ!?」



 そのとき、不意に布団が引っぱられた。
 突然の眩しさに目を細める。
 
 隙間から、叔父が私をのぞき込んだ。
 視線がぶつかって、喉にかすかな痛みが走った。


 叔父はふっと笑った。
 そして、



「嘘。涙、出てるよ」



 そう言って、私の頬を拭った。



 
< 135 / 171 >

この作品をシェア

pagetop