泣いたら、泣くから。
三章-9
手術日前日。
会いに行くと病室はもぬけの殻だった。
ただ、ベッドに置き手紙が一枚。そこには、
―――屋上にいます。何か用のときは来てください。
開け放たれたドアの向こう。
ベンチと、白いシーツが干された物干し竿を越えて真っ直ぐ行った先に姪の姿はあった。
上下ジャージの、下をハーフパンツに合わせた格好は、とても入院患者には見えなかった。
いまにも、さあランニングにでも出かけようかという、元気溢れる背中につい笑ってしまった。
と、わたしの視線がある一点に釘付けになった。
そして、「一花ちゃんらしい」―――胸がほんのり温かくなった。
「あ、叔父さん。来てくれたんだ」
足音に気づいて振り向いた姪はわたしと目が合うとにっこり微笑んだ。
当然のように隣に並び、屋上から住み慣れた町を見下ろす。
綺麗だな―――そう、自然と思った。
真由の見舞いにエレベーターから見ていた薄暗い景色とはまるで違う。
とくに変わったところなどないのに、不思議と悪い気はしなかった。
あの頃よく感じていた、陰鬱で後ろ向きな気持ちはどこにもない。
どうしてなのだろう?
そう考えて、ふと、隣に立つ姪の横顔が視界に留まった。
前だけを見つめる姪のきらきらした瞳は、先日食事を放り飛ばしていたときに見せた、死んだ魚のようなそれではなかった。
姪の目から―――姪自身から発せられるオーラは、言葉では表現しきれない強い力をまとっているように思えた。
上を向いている人間の隣は、ときとして辛いこともあるけれど、
それ以上に、
どんなものより元気を分け与えてくれる救いの場所になる。
「どうしたの?」
「―――いや、なんでもないよ」