泣いたら、泣くから。
――イツマデモ
浜辺に二つの影が伸びる。
シーズン真っ盛りだというのに、海水浴場はあまりに閑散としていた。
理由は単純である。
背後に迫る闇が濃くなるにつれて一人、また一人と帰っていって、ついに二人だけになってしまったのだ。
足の踏み場もないほどごった返していたこの場所も、昼間の盛りを越えるとなんとも虚しいただの浜。
風にさらわれ足跡もなくなり、昼の賑わいはほとんど残すことなく消えてしまった。
夜を待つだけの海は、綺麗だけれど、なんとなくもの悲しい気分にさせる。
どうしてだろう。
空を染める橙色が、そうさせるのか。
夕暮れというこの不安定な時間が人の心を騒がせるのか。
人恋しくなる夜とは違う寂しさを、夕陽は胸に芽生えさせる。
あたりを染める眩しさに、一花は自然、目を細めた。
それから、ゆっくりと地平線に消えていく太陽から視線をそらし、浜に腰掛ける女のほうへ首をひねる。「こんなところに来てていいの」
「葉(よう)くんの面倒どうしたわけ」
訊くと、一花のほうを見ず、
「順也(じゅんや)さんに任せてきたわよ」と平然な顔で言った。
「任せてきたって、順也さん一人で大丈夫なわけ? 葉くんいるけど、美里(みさと)ちゃんいないとほら……ちょっとまだあれじゃないの?」
すこし、聞きにくいことだったためつい最後のあたりで濁ってしまったけれど、美里は気にせず笑ったままだった。
むしろ、一花が訊いたことでさらに笑いがこみ上げてきたらしく「全然平気」と手さえ振った。
「はじめのうちはお互い気まずかったみたいだけど今じゃ全然。かえって娘の私のほうが邪魔みたい」
「どうして?」
「6つ7つくらいしかお父さんと歳違わないから話が合うのよ。私と順也さんが話してると、どうしてもときどき「え?」って首傾げることもあるんだけど、二人の間にはそれがないみたい」
「ああ、なるほど」
それでは年の離れた娘は要らないだろう。
一花の従姉、美里の旦那は20も年が上なのである。