泣いたら、泣くから。


 しばらくして、兄の言う通りたしかに春乃は戻ってきた。
 彼女の顔はつとめて普段どおりだったが、わたしにはわかった。
 無理をしていると、不安を押し殺そうとしているのがはっきりと見て取れた。


「一花ちゃんは?」
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
「夜更かしもたいがいにするよう言わないといけないな」
「そうね」


 ぎこちない空気が3人を包んだ。


 それから約2時間後、襖を開ける音が耳朶を打った。
 反射的に立とうとしたがそれより先に春乃が腰を上げたので、わたしはなんとかそのままの姿勢を保った。


 居間に戻った姪の顔は真っ青ではないが、いい色とはお世辞にも言えなかった。


「大丈夫かい?」


 わたしの問いかけに、姪は頷いただけだった。

 寝起きでぼうっとしているだけなのか、しゃべることすら難しい状態なのか。
 目が虚ろだ。


「あなた、そろそろ……」
「そうだな。じゃあ恭介」
「……ああ」


 帰り支度をはじめた3人を見送る。
 姪を支えるように寄りそう春乃の顔に余裕はないように思えた。

 間違いなく、ただの夜更かしによる体調の崩れではない。

 だが、彼らはわたしに姪のことをなんとしても話したくはないらしい。


 釈然としないままわたしは車に乗る姪を見つめた。


「すまなかったな」
「いいんだ。気をつけて」


 小さくなる車。
 角を曲がり、姪の後ろ姿は完全に見えなくなった。

 戻ってきてから最後まで、姪はわたしをきちんと見ることはなかった。
 

  
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