泣いたら、泣くから。
一章『アクトビラ』
じっとりとした空気を切り裂くように、自転車が夏を駆け抜ける。
青い空と白い雲。
夏を象徴する入道雲はいったいどこまで成長するのだろう。
空の下、真っ赤な自転車が太陽に負けじと輝いている。
ギアを3にして、立ち乗り状態でペダルを蹴っているのは、セーラー服に身を包んだ高校生の少女だ。
首筋を流れる汗もかまわず、少女は風を生み出していく。
――もう少しだ……!
鬱陶しいほどの蝉の鳴き声があたりに溶け込み、どうしてもだらしなくなる午後の時間、少女の顔に疲れというものはまったく浮かんでいなかった。
焼けるアスファルト。
揺れる陽炎(かげろう)。
容赦なく肌に突き刺さる陽光。
今にもじりじりと焼かれていく音が聞こえてきそうだ。
大通りから脇道にそれると、しばらくして大きな門が見えてくる。
中澤―――
標札がめり込んだ石の門を通り過ぎ、そのまま裏手に回る。
仕切りのない庭から自転車に乗ったまま滑り込み、裏口の前に停車する。
――いるかな……いる、よね
高鳴る胸をたしかに感じながら、私はおずおずとチャイムを押した。