泣いたら、泣くから。
二章『ススムモノ』
とうとうこの日はやって来た。
わたしは久しぶりに、ワイシャツ、スーツという仕事用の格好ではない外出用の私服に腕を通した。
そしてその姿を鏡で見て、深くため息をついた。
――本当に、来るんだろうか……。
はっきりと返事をしないまま強引に電話を切られた木曜日。
思い出してまた肩がどっと重くなった。
するとここで玄関のチャイムが鳴った。
もしかしたら――などという儚い希望はあっさりと絶たれてしまった。
まあそうなることは想定済みだったが。
「おはよう一花ちゃん」
「うん、おはよう」
膝丈のワンピースにベストを重ねた格好の姪は、どこかいつもと雰囲気が違った。
なぜだろうとふと考え、化粧をしているせいだとわかった。目がすこし大きい。
いつもより黒目がちな目をさらに大きく開いて、姪はわたしを見上げた。
「さっすが叔母さん。叔父さんのことよくわかってるよね」
姪はわたしの服を似合うと褒めてくれた。
黒のお洒落用ポロシャツに細めのパンツ。どうやらこの格好は女子高生にも許せる組み合わせだったらしい。
意味もなくほっとした。
「こういう格好すると叔父さん二十代に見えるよ。とても三十には見えない」
「そんなことはないよ。黒は大抵誰にでも似合うものさ」
「そうかなぁ」
「そうさ」
「……ねえ、褒めてるんだから素直に受け入れたらどう? ありがとうとかさ。もしかして若く見られるのは嫌とか?」
「いやいやそんなことはないけれど。褒められ慣れていないからね。どう返事をしていいかわからないんだよ」
本当のことだ。
言われ慣れていないことへの返事の用意が出来ていないわたしは、どうしてもまっすぐに相手の気持ちを受け止められず、否定的になってしまう。
するとわたしの言い分が気にくわないのか、姪は唇を尖らせた。そして。
「ありがとうって言って」
「……は?」
「言って」
「あ、ありがとう……?」
眉間にシワを寄せる姪に、言われるまま礼を口にすると、満足したように「うん」と言って笑った。
今日、さっそく二度目のため息をつく羽目となった。