泣いたら、泣くから。
 涙を堪えている必死さが、私の胸にずきずきと伝わってきて、いっしゅん呼吸が出来なくなった。 


「アンタに話しかけたのはこういうこと話すためじゃなかったんだけど時間取らせちまったな。なにやってんだろ俺。 ――これな、これ渡すために来たんだ」


 奏斗は一度、くしゃっと顔を歪めるとわずかに自嘲した。
 そして気持ちを切り替えるよう短く首を振ってから、私にある物を差し出した。


「なに」
「体育祭の仮しおり。まだ完成版じゃなくて、クラスの生徒が参加する種目間違ってないか確認してまた代表に返して欲しいんだと」


 渡されたB5サイズ程度の冊子の表紙には、思い切り大きく書かれた仮という漢字が丸で囲まれていた。


「わかった。……でも、どうして私がここにいるってわかったの」
「クラスの人に聞いたら多分ここだろうって。帰り水泳部のヤツと待ち合わせしてるの聞いたからって教えてくれたんだ」
「そう。わざわざありがとう」
「ああ。それじゃ俺行くわ」


 頷き返すと、奏斗はあっという間に走り去っていった。

 背中を見送っていると不意に聞き慣れた声が耳朶に響いた。「どうしたの一花」


「今のって、四組の柴崎君?」
「ああ咲希。部活終わったんだ。 そうそう柴崎君。知ってるの?」
「格好いいって有名だよね。サッカー部、だっけか? あれ、野球部?」


 どちらにせよ、ああ、どうりであの走り格好。様になってるわけだ。


「ねえねえなに話してたの? まさか告白!?」
「……いやいやそうじゃないよ。これもらったの」


 体育祭の仮しおりを見せるとああと咲希は納得したようだった。
 それからちょっと吹き出した。


「柴崎君て体育委員だったんだ。てか、なにこの表紙。センスないなー。代表杉下だっけ? まあ杉下らしいっちゃあ杉下らしいか」
「幼なじみなんでしょ。言い過ぎじゃない」
「幼なじみだから陰でちょっとくらい言い過ぎたってかまやしないのよ」



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