泣いたら、泣くから。


 体育祭――ではなかったが、体育祭の準備をしている生徒がグラウンドを走り回っていた。
 高校の名前が書かれた簡易テントが低い状態のままになっている。その近くでマイク確認をしている先生らしき厳つい男を見つけてとっさに門の陰に身を寄せた。
 不審者だと思われるわけにはいかないからだ。

 ばれないようこっそりと敷地内をのぞいている――
 と、なんとも運良く、知り合いを見つけることが出来た。

 奏斗君だ。


 わたしの視線に気づくと奏斗君は驚いて立ち止まったが、すぐにいつもの整った顔に戻り、あたりを気にしつつ近寄ってきてくれた。


「どうしたのこんなとこまで」
「往診でちょっと近くまで来たものだから」
「そうなんだ」


 よかった。嘘が通じた。
 奏斗君は気づきもしない様子でにこにこと笑っている。

 ほっと一息ついてから、慌てないよう注意しつつ話をふった。


「ところで奏斗君。今日は一花ちゃんは来ているかな」
「一花? ああ五組の。 えーっと、ちょっとわかんないな……っと、ああちょうどいいとこに来た。おーい、杉下。杉下ー!」


 はじめきょとんとしていた奏斗君は一花が誰かを思い出すと、クラスが違うんだと言って申し訳なさそうに首を振った。
 しかしその直後、姪の所在を知る誰かを見つけたらしく大きく手を振った。

 駆け寄ってきた坊主の男が杉下というらしい。
 厳つい先生だと思ったのはまさかの生徒だった。「なんだ柴崎――その人は?」


「俺の姉貴の夫。なあおまえ、五組に幼なじみがいるって言ってたよな」
「ああ咲希な。あいつがどうかしたのか」
「その人に今日中澤が学校に来てるかどうか聞いてきてくれねえか」
「はあ!? 俺いま忙しいんだけど」
「悪いんだけどお願いできないかな」
「義兄さんの頼みなんだ。行ってくれ」


 杉本君はしゃあねえなとこぼしがりがりと頭をかいてから「待ってろ」と言い残して校舎に消えていった。




 帰ってきた杉本君の第一声はこうだった。


「今日は休み」


 しかしそれだけではなかった。杉下君は続けてこうも言った。




「もう三日も休んでるってよ」




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