泣いたら、泣くから。
 見舞いに来たのは、叔父としてか――。


 兄は、わたしが叔父として以外の立場をもって姪に、一花に会いに来たのか――ということを遠回しに問うているらしい。
 そうでなければあのような言い方はしないはずだ。



 振り返り、視線が交差した――瞬間、わたしは自然と一歩身を引いた。

 激しく打ち鳴らされる警鐘。ひどく遠くに聞こえる物音。影を落とす兄の顔。
 目だけでなくすべてのパーツが静まってわたしを見つめていた。
 

 生まれて30年ちょっと、兄に恐怖という感情を抱いたのははじめてだった。



「なにも言えないということは、そうなんだな……?」


 目が細まった兄にはっとして慌てて抗議した。「ちっちがう!」


「俺はただ一花ちゃんが心配で来ただけで……」
「だったらなぜおまえがこの場所を知っている。どうして入院していると知っているんだ! 俺たちはおまえに話した覚えはない!」
「そっそれは………っ!?」


 怒号が飛び、ガラスがかすかに揺れた。
 兄のこめかみには血管がくっきりと浮かんでいた。
 慣れない兄の怒り狂った様子にたじろぎ、情けなくもおろおろと視線をさまよわせたそのとき。

 急に喉に圧迫を感じて呼吸が出来なくなった。

 兄の顔がいつの間にか間近に迫っていて、わたしの胸ぐらを掴んでいるのだとわかった。



「おまえが、おまえが一花を――――――!!!」





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