泣いたら、泣くから。


「……い、さん……お……さん」
「なんだ一花?」


 姪の口から漏れる声はひどく弱々しく、それも断片的にしか聞こえない。
 なんだ一花、と兄が口もとまで耳を近づけた。

 そして兄が姪から顔を離した次の瞬間。

 
 姪の手が持ち上がった。
 指先が震えている。

 小刻みに揺れる指は、なにかを求めているように見えた。

 
「兄さん、一花ちゃんが――」
「なんで――――――」


 呼んでいる、そう言おうとしたところでその兄に言葉を重ねられ口をつぐんだ。
 続きを言おうとしたが――言えなかった。


「……にい、さん?」


 わたしは兄の言葉に耳を疑った。


 兄は俯いたまま、握った拳をふるふると振るわせながら吐き捨てた。「なんでおまえなんだ!」



 立ち上がりソファを離れた兄の奥から姪が姿を現した。

 わたしは息をのんだ。


 姪の目と手が、まっすぐわたしのほうを向いていたのだ。



 姪が呼んでいたのは、お父さんではなく、叔父さんだったのだ――。



 わたしは姪の手を取り、顔を近づけた。「一花ちゃん」


「もうすこしの我慢だからね」
「お、じさん……」


 姪は小さく頷くとわたしの手を握りかえした。
 思いのほかちゃんと意識があることにほっと息をつき安心した――しかけたそのとき。


「うっ……!! ……ああっ!!!」



 姪の体がびくんと大きくのけぞった。
 同時にぎゅっと握る手に力が込められ痛みが走った。


 浅野を振りかえると彼は一つわたしに向かって頷き、ようやく到着した荷台に姪の乗せると、


「手術室の前でお待ちください」


 そう言い残して浅野は姪を追って行ってしまった。

 春乃も兄も姪を追い、わたしだけがその場に取り残された。



 わたしも後に続こうとした。




 けれど………


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