泣いたら、泣くから。
自分で自分に首を傾げた。
なんだろう、この激しい動悸は。
焦り? 恐怖? あてどもなく視線を動かす。
どうしたことだ。
――足が、出ない。
脳の信号が届かないのか二本の足はちっとも前に進もうとしなかった。
荷台の足が廊下を走る音がどんどん離れて、とうとう聞こえなくなった。わたしはまだ動けない。
手術室に向かっていいのか。
わたしなどが追いかけていいのか。
自分はどうしたいのか。
次々と難題が頭の中に浮かび、頭痛がした。
追いかけたい、でも、追いかけるべきではないとも思う。
……わたしには、答えが出せない。
どうすることが正しいのか。どうすれば兄も春乃も苦しめずに――
そして、わたしも苦い思いをせずに、今の状況を乗り越えることが出来るのか。
わずかにでもそんないやらしい考えが浮かぶ自分を殺してしまいたくなる。
でも、思ってしまうということは自分はそれを望んでいるという証。
心の奥のどす黒い希望だ。
一歩前へ踏み出していた片足を引きずるように引っ込めた。
そのまま伸びる影に視線を落とす。
……わたしに、姪を追う資格などない。
いくら心配でしょうがなくても、その気持ち以上に兄への疚(やま)しさと、恐ろしさで足がすくんだ。
自分にたいして嫌悪感を抱く相手に近づきたくないと思うのは人間の性(さが)ではなかろうか。
逆に向こうだって思ってるはずだ。――やめろ。来るな、と……。
そんな言い訳で自分を慰めてなんの意味がある。
わかっているのに、わたしはその答えが正しいと思い始めていた。
自分の希望に近い光へと手を伸ばす。
それが逃げ道だとわかっていながらも、都合のいいほうへ流れる波には逆らえない。
逆らう力なんてない。そもそも逆らう気なんてあるのだろうか――。
………わたしには、
わたしには姪を、遠くから見守ることしかできない。
これ以上近づいて祈ることはできない。