泣いたら、泣くから。
三章『トキユレル』
盆を過ぎると、暑さが一段落するのはこの地域の常だった。
毎日、降り注ぐように鳴いていた蝉たちの声もほとんど聞こえなくなり、向こうに連なる山々は緑から赤へゆっくりと色を変えはじめている。
体育祭も終わった今では夏服でいることが肌寒いとすら感じられ、登下校のカーディガンは必須だった。
澄んだ秋風がひゅうひゅうと音を立てて頭上を旋回する。
見えないけれど、そんな気がした。
風にさらわれる髪の毛を指で押さえ、携帯に視線を落とす。
――もうすぐかな。
私は、学校の屋上に立っていた。
理由は、ある人に呼び出されたから。
今日の朝、下足箱の前で通り過ぎたとき、耳打ちをされたのだ。
(五時間目あとの休み時間、屋上で待ってる)
なんとなく、――いや、ぜったいに、いい意味で呼ばれたのではないだろう。
言われたときの、相手の強ばった声音で私はさっした。
本当は、来たくはなかった。
でも、いかなきゃいけないとも思った。使命的ななにかを感じたのだ。
だから、足が向いた。
なにを言われるのかはわからない。
けれど、
言われて心が躍るようなことではないだろうとはわかる。
すこし怖い。
自然と足がすくむ。
でも、ここまで来て後戻りはよそうと思う。
いま階段を下りたらかなり高い確率で遭遇するのはわかっているし。
それで気まずくなるのはもっと困る。
キイと、金属が擦れる耳障りな音が背後から聞こえた。
そして、数歩進んで止まった。
「ちゃんと、来たんだな」
私は運動会でよくやる、その場から動かずに後ろを向くやり方で男と向き合った。彼とのあいだには五歩くらいの間隔がある。
目が合った途端、男の眉間に力がこもった。
「来て欲しかったから、呼んだんでしょ」
いつもの調子を保もちながら――言おうとしたけれど、残念なことにかなわなかった。
向こうが気づいたかはわからないが、喉が小さくふるえて、声が上ずってしまった。
自分で苦笑して、しかし男はぴくりとも反応しなかった。どうやら気づかれてはいないらしい。
よかった。