ジェネシス(創世記)
イゼスは、単純な骨折の人には副木を添えて安静にして寝かせた。初めは、激痛をともなった荒治療だったが、三カ月もあれば治癒できた。

「疲れた者、重荷を負う者はだれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう(マタイによる福音書一一)」

 イゼスには、怪力サム秘伝の整体師の心得があった。背骨や首のゆがみを療術することで民たちの信頼を得て行った。足裏・頭皮・眼精・手指などのマッサージなどを施した。

 首の骨をコキッと音を鳴らすと、目の不自由だった人もスッキリと見えるようになった。首筋が緊張しすぎて筋肉が固くなると、視神経が圧迫される。

首の骨を矯正することで、その圧迫から解放された。ただしやり過ぎると、クセになるので注意を要する。

 イゼスは、先祖伝来の「細菌学」を学んでいた。ある病原菌を培養していた時、間違って「青カビ」を混入させてしまった。

数日後、青カビの周囲だけ病原菌は発生しなかった。抗生物質(細菌の成長を抑制したり、殺菌すること)、いわゆるペニシリンである。

 その研究は肺炎・敗血病、リン病・梅毒などの性病、児童にかかりやすいショウコウ熱などの治療にも、役立つようになった。

 反面、ペニシリンにはアナフィラキシー・ショック(過敏症)という副作用があった。ハチや卵や小麦などのアレルギーによって起こる、急激な平滑筋の委縮である。時に、死に至ることがあった。イゼスはまだ、副作用の研究には至っていなかった。

 イゼスは、途中で細菌研究を断念して布教活動を始めた。エゼが開発した針の図太い「注射器」を作り、それを持ち歩いていた。

本数に限りがあるため、患者は慎重に選び投与した。そして治療に成功した。その噂は瞬く間に、広がった。

 山奥で生活していた時、柳の樹皮からは下熱剤(熱を下げる薬)・鎮痛剤(痛みをしずめる薬)を作った。「アスピリン」である。またケシを栽培していたので、アヘンも吸引させた。

 当然、中毒患者も続出した。中毒患者たちは、アヘンを求めてさらにイゼスに集まり崇拝するようになった。

これはイゼスも意外な結果となり、困惑な顔は隠しきれなかった。中毒症状の人が多すぎる。アヘンの処方を、控えなければならない。

「主の名によって来られる方に、祝福があるように(マタイによる福音書二一)」


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