ジェネシス(創世記)
ヤリで刺された時は、幸いにもイゼスは衰弱し気絶していた。ヤリに刺された箇所が左側で、運よく動脈や腎臓から外れていた。もし右側の肝臓を刺されていたら、死ぬ確率は高かったことであろう。

 イゼスを十字架から降ろすと、弟子たちは急いでお墓に担ぎこんだ。裏口からこっそりと入った医師や看護師が、待機していた。

アルコールで消毒し、アヘンや抗生物質などを注射した。脱脂綿や包帯で止血し、薬草などで応急処置を施した。身体を暖め、人工呼吸や心臓マッサージを行った。

 純粋なユダ人であれば、安息日を守って治療などしなかったことであろう。戒律を守らないクリストス教徒だからこそ、実行できたことなのだ。

 土曜日の深夜、信徒たちは、その岩穴の裏口からそっとイゼスを担架に乗せ、マントで覆って連れ出した。番兵のスキを見て、イゼスを安全な場所に移動させたのだ。

イゼスは高熱にうなされ、激痛に苦しんだ。弟子たちは、寝ずに交替で看病したようだ。柳の皮(アスピリン)を煮出したスープを飲ませた。

 暖かいスープを少しずつ与えた。急激に沢山の食事を与えても、胃袋はすぐには受けつけない。吐くだけだ。

回復に従って、流動食に切り替えた。弟子たちの看病によって、イゼスは辛うじて一命を免れるのであった。

 その謀略を知っていたのは三人の神官、弟子の一二人、議員ヨフと秘書、セイ派の医師と看護師、そして一部の信者だけだ。マグダラのアリアと実母マリーは、知らなかった。

 死者がよみがえる。アリアにイゼスが生き返ったと騒ぎたてさせれば、ローマ人やユダ人たちに、その奇跡の出来事が知れわたり、クリストス教の信者が増えると考えた。

弟子たちの布教に弾みがつき、世界各地に向けて、布教活動を容易にこなすことができる。イゼスは、「信者の国王」となる。それが目的だったのだ。


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