ジェネシス(創世記)
あれからイゼスは、遠い山奥の洞穴にこもり、ベッドの上で闘病生活を送った。母マリーも看病していた。

ある日、とある女性と一人の男の子がイゼスの前に現れた。イゼスは心臓が止まるぐらい驚いた。

 奇跡を起こして、民たちを欺くのがイゼスの常道手段なのに、イゼス自身が「主」の奇跡と出合ったようだ。

二人を確認すると、イゼスは泣き崩れてしまった。そして力強く、二人を抱き締めた。「主」に感謝した。

 ルミとその息子であった。当時、セイ派の追跡者が二人の居所をつかんだ。追跡者たちはイゼスに内緒で、密かにルミと接触をはかっていたようだ。

イゼスを、「救世主」として活動するように嘆願していたのだ。ルミ一人の為に、イゼスの偉業を喪失させたくはなかった。追跡者たちは説得し、ルミを承服させた。そして計画を実行した。

 ルミとイゼスが川岸を散歩しているところを、山賊に襲わせてルミを誘拐した。その後ルミの衣類を破って山道に捨て、殺害したように見せかけたのだ。衣類に付着していた血液は、羊の血だった。山賊とは、セイ派の追跡者たちだった。

 追跡者たちの計略を知らないイゼスは、ルミを失ったことで山奥に戻り修行をまた始めた。ルミは、イゼスの知らない遠い土地で過ごした。

しかもルミは、イゼスの子供を身ごもっていた。そして私が、この世に命を授けられた。世間から隠された、公表することができないイゼスのたった一人の息子だ。

 父は、「神の子」だ。信者たちに、クリストス教を布教させるための責務がある。偉大な救世主としての立場があるため、イゼスはあえて、独身であることを押し通した。

私と母ルミ、祖母マリーもそれを承知した。父の立場を尊重し、あえて「息子」だと名乗ることを避けた。沈黙を守り通した。名前も変えた。
 
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