ジェネシス(創世記)
日本の外科医は、あのリトアニア領事館の遠い遠い親類だそうだ。熱心な仏教徒ではないが、母親が「日蓮宗」で父親は「禅宗」だと言っている。

青森県南部の出身。外科医はねぶた祭り、クリスマス、ハロウィン、サンバカーニバル、過越祭など特にお祭りは大好きらしい。宗教に信念がない、本当にいい加減な民族だ。

 その外科医が、ホテルの三つ星レストランで友人の退職祝いをするらしい。私も誘ってくれた。イラム教徒だけど、スシにテンプラに霜降り牛肉が食べたい。日本酒を飲みたい。

 退職祝いとして、サンフランシスコに住む友人の息子たちから花束が届けられた。もう一つ、小包が届いた。

開けてみるとそれは、一冊の古い本だった。奇跡だ。それは友人が戦争中に紛失した、日記だった。差出人は、元ナチスの軍曹だ。

 友人が逃げる時に落としたので、軍曹が拾ってくれたのだ。大佐がこの日記を見つけたら、元軍曹はユダ人を匿った罪で射殺されていたかもしれない。またその日記を大切に所持していたおかげで、短期間の収容所生活で済んだようだ。

 元軍曹はいつ、この日記を送付しようかと、ずっと前から思案していたらしい。外科医が友人からの身の上話を聞いて、その取り計らいで友人に渡すことができたようだ。

友人はこの日記があれば、ドイツ人から迫害を受けた、当時の記憶がよみがえると言っている。執筆活動が再開できる。歓喜に浸った。


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