ジェネシス(創世記)
私は疑問を抱く。「主」は二つの民族を、なぜ欲したのであろうか。ラエル人のみに土地を与え、子孫繁栄を契ったのではないのか。

二つの民に分けてまで、土地を与え子孫の繁栄を約束する必要性がどこにある? ラエル人だけを見守ってもらいたかった。一つの大地に、二つの宗派の違う民族の存在は、将来災いの種になるであろう。

 神官たちはアブーを試した。息子イクを、生け贄としてささげるだけの勇気があるのかどうか。「主」をどこまで信じているのか。

アブーは泣くこともなく反論することもなく、ただ黙って素直に「主」の言葉を受け入れた。最愛の息子を生け贄にすることを、決意した。

 長年、子宝に恵まれなかったアブーにとって、愛する正妻との間に生まれた大切な息子である。神官たちや正妻の前でも、アブーは愚痴一つこぼすことなく「主」の命令に従った。

「主は、備えてくださる(創世記)」

 祭壇を築き、アブーはイクをそこに寝かせた。イクはその時初めて、犠牲になるのは羊ではなく、自分だと悟った。

幼いイクは涙を流しながらも、「主」の指示に従った。自分の命で「主」の信頼を得られるのであれば、惜しいとは思わなかった。

 アブーが刃物を振り下ろそうとしたその瞬間、岩場に隠れていた神官の一人が慌てて出てきて、その行為を止めさせた。

アブーの「主」に対する信仰心を、確認したからである。安心したアブーとイクは、代わって雄羊の血をささげるのであった。

 当時、この地域では人の命をもって神にささげる習慣があった。建物の基礎を築くのに赤子を供える風習も広がっていた。それを止めさせるためにも、神官たちはアブーに試練を与えたようだ。

 神官たちを通して、「主」はアブーと契約を交わした。アブーは、「主」に対する信仰心を約束した。

「主」はアブーに、子孫の繁栄とケインの土地を与えることを約束した。それ以来アブーは、「信仰の父、多くの国民の父」と呼ばれるようになった。

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