仮想恋愛
「どうしましたお客様」


 すぐに女の店員が飛んできて、私を覗き込んだ。


「ああ、いえ」


 記憶が混乱している、そうだ、私は恋愛シミュレートを終えたばかりだったのだ。


「なにかありました?」


「いえ、大丈夫です、少しも痛くありません」


 店員に向かって精一杯の笑顔を返した。


 まだ、この手に感触が残っている、あれが幻だったなんて。


「どうです、うちの機械はまるで本当に体験したようだったでしょう」


「ええ、ええ、本当に」


 このお店に入ったのは、通りで中年の男が読み上げている口上がきっかけだっ
た。


「これまで、何人の人と付き合いました。一人でしょうか二人でしょうか、それとも数十人でしょうか、その何人と果たして結婚まで行くのでしょうか、そして、結婚したとしてもうまくいくのでしょうか。もしも間違った相手と付き合ったら、ましてや、結婚をしてしまったら、その時間はもう帰ってきません。要は無駄な時間をすごしてしまったのです」



 その怪しげな男は、大げさな身振りをしながら私の前で話し続けた。



「もし無駄か無駄じゃないかが、前もってわかればより良い人生を送れるでしょう、そこでこの機械、恋愛シミュレーターが必要になってくるのです、この機械は彼の色々な情報から、その行動を分析しあなたとの人生を十年分体験させてくれる機械なのです、いわば、十年プレゼントです」


 私はその男の言う御託になんとなくうなずいて、ふらふらと店の中に入ってしまったのだ。
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