仮想恋愛
「なあ、人は獣として生まれ人間として生きていくんだな」


 ある日、私と恭介が水族館でデートしていると、駄々をこねる小さな子供を見ながら恭介はおかしな事を言い出した。


「どういうこと」


 私は一瞬恭介が何言っているのかわからなかった、子供の頃は獣だというの
か?


「子供は本能のままに生きている、何か食べたかったら、我慢なんてしないし、欲しかったら欲望のままそれが欲しいと駄々をこねる」


「まあね」


「だが、他の動物と人の違いは、言葉を話すことでも道具を使う事でもない、似たような事をやる動物はたくさんいる」



「確かにね、イルカなんかは、喋っているじゃないかって思うときあるしね」


「だろ、それで人と動物の違いは何かと言うと、他の動物と違って唯一つ、本能を制御する事にあるんだ」


「本能を制御する?」


「ああ、食欲でも、性欲でもそうだけど、そいつを抑え付け、他の人の気持ちを考えて行動できるのは人間だけだ」


「ふーん、それって、浮気性の人はけだものだと言っているの」


 私は笑いながら言った。この話題が説教臭くて嫌だというのもあった。
「いや、俺は浮気なんてしないって言っているんだ」


 そう言って恭介は私の肩を軽く抱き寄せた。


 幸せだった。


 マンションを手に入れ、近くの奥様連中と当たり障りのない会話をする。


 何の不満もなかった。


 あの日までは。
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