准教授 高野先生の結婚

おそらく本人は何の気なしに言ったであろう、お母さんの“お嫁さん”発言。

にわかに訪れるぎこちない沈黙。

なんとも複雑な表情の寛行さんとお父さん。

“あらら”と苦笑しつつとぼけるお母さん。

静かな部屋で、煮え頃食べ頃の鍋だけが、地味にぐつぐつ音を立てる。

うーむ、なんとも微妙な緊張感……。

私たちは皆、今夜この家で、ちょっとしたドラマが起こることを知っている。

そして、そのドラマがハッピーエンドであることも。

けれども――

その芝居(?)の最初の台詞を言うのは誰なのか?

その辺のシナリオについては誰もまったく知らないわけで……。

お互いに、相手の様子をうかがっているような。

はからずして相手を牽制しているような。

寛いでいるようで寛いでいなくて?

待っているようで待っていなくて?

言い出しそうで言い出さなくて?

お父さん、寛行さん、私……それぞれの思惑が交錯する中――

「あ~、お土産のお豆腐すごく美味し~い。冷奴でいただくのもいいわねぇ~」

お母さん……。

唯一の救いというべきか、お母さんだけがマイペースに平常心を貫いていた。

< 103 / 339 >

この作品をシェア

pagetop