准教授 高野先生の結婚
バイト先では看護師の根岸さんに思い切り冷やかされた。
根岸さんはクリニック開業にあたり先生が拝み倒して来てもらったベテラン看護師。
歳は明らかに私のお母さんより上で、立派に独立して結婚されている息子さんがいる。
「ウフフ、ついに人妻ね」
「はい、一応……こんなんですけど」
「あら~、すぐに板につくわよ~」
「そ、そうでしょうか?」
「バッチリ!問題ナイ!」
“もうすぐお祖母ちゃんになるのよ~”と嬉しそうに教えてくれた根岸さん。
いつも若々しくパワフルで“おばあちゃん”というのはあまりしっくりこないかも?
“バッチリ!”と“問題ナイ!”は根岸さんの口癖、というかお気に入りの言葉。
これを言うときは必ず親指をグーッ!と元気よくたてるのがお約束だ。
根岸さんにはいつも元気をもらっている。
先生が根岸さんを熱心に口説いて引き抜いてきた理由がよくわかる。
看護師としての技術はもちろんだけど、この明るくて頼りがいのある人柄なんだ。
「根岸さんにそう言われたら、なんかバッチリ大丈夫な気がしてきました」
「大丈V(ブイ)!あら!“高野”さんだからもう“鈴ちゃん”て呼べないわね」
「私は呼びやすいように呼んでいただいてOKですよ?なんならそのままでも……」
「んま!だめよ!だめだめ!No!No!せっかく高野さんになったんだから~」
「まだ、実感わかないんです……実際に使ってないしピンとこない?っていうか」
「じゃあ今から使って慣れましょう!新しい名札届いてるわよ!早く!早く!」
「ええ~っ!」
「ほらほら!“高ちゃん”は作業開始!患者さんがいない今のうちにつけかえる~」
職場で新姓を名乗るのは4月に正職員になってからの予定だったのだけど。
根岸さんに急きたてられて、私はさっそく職場でも“高野詩織”になった。
まるで自分の娘のことにように“めでたいめでたい”と喜んでくれる根岸さん。
今日もやっぱり、いっぱいいっぱい元気と勇気をもらっちゃった。