准教授 高野先生の結婚
胸に飛び込んだ、というか……。
正確に言うと、なだれ込むようにして彼を押し倒すような格好になった。
その状況たるや“レフェリー!早く!カウント取って!”みたいな見事な抑え込み。
「寛行さん」
「うん?」
「薄いです」
「はいはい。貧相な体で悪かったね」
「でも薄さに関してはいいんです。許します。厚い胸板に濃い胸毛とかも困るんで」
「僕、お許しいただいたんだ……」
「そうですよ。ありがたく思ってください」
「はいはい。ありがたや、ありがたや」
「むぅぅ。おざなりな言い方……」
こんなふうにバカ話をしているうちに、涙はすっかりひいていた。
私はちょっと体を起して、それから彼の隣に横になった。
部屋の隅っこで、二人並んで仰向けになっている図……。
私たちってやっぱりちょっとヘンな人たちかもしれない。
天井を見たまま、彼がぽつりとつぶやく。
「愛情ってさ」
「へ?」
「いろんなかたちがあるんだろうね」
「いろんなかたち?」
「そっ。特にさ、親から子への愛情というのは、子どもの成長とともにかたちを変えていくものなんだなぁって」
「例えば?」
「うん。例えば、幼いときは目をはなさない愛情というのがあるよね。けどさ、子どもだって大人になっていくわけで。そうすると――」
「そうすると?」
「手を離す愛情が必要なんだなって。子どもが巣立っていけるように、しっかり繋いでいた手をきちんと離してあげる愛情」
手を離す愛情……。
頭の中で、その言葉の意味と、お母さんから贈られた裁縫箱の意味が重なった。
“しーちゃんが頑張って直してあげて”
モモちゃんを私に託したお母さんの言葉。
あの手紙には“手を離したよ”という、お母さんの愛情がつまっていたのだ。