准教授 高野先生の結婚

そんなわけで――。

結婚式の前日に私のやるべきことは、とりあえず“手紙を読み返す”こと。

それから、明日来てくれる家族のみんなに“よろしくお願いします”のメールをすること。

そして――。

カスガイに電話をすること、だった。


まずはメールで「今話せる?」かどうかを確認。

すぐにOKの返信がきたので、私はさっそく電話した。

すると、カスガイはワンコール目が鳴り終わるより早く出て――。


「はいー。来々軒ですー」

「だから……ラーメンとか今はいいから」


来々軒だの更科庵だのを装って電話をとるのがカスガイのお約束。

本当にいつもいつも、お約束というかそれが礼儀であるかのように……。

「あれだ、スズキが期待してると思ってやってあげてるしだい」

「それはどうも」


私はやれやれと苦笑しつつ本題に入った。


「明日のことなんだけど」

「あいあい。首尾は上々、心配無用ね。みんな楽しみにしてるって言ってたし。そうそう、来られない人チームで電報おくりたいって言うから、会場にどうぞって言っておいた」


“みんな”というのは、学生時代の森岡ゼミの仲間のこと。

そして、当時のゼミ仲間で都合のつく人は結婚式に出席してくれることになっていた。

当初は式も食事会もすべて家族だけでという予定だった。

けれども、式に関してちょっとした問題が……。

私は一人っ子なので“家族”だけとなると、新婦側の出席者は両親ふたりだけ。

対して彼、新郎側はというと親兄弟に甥と姪と……。

つまり、数的にバランスが悪すぎるのでは?と。

それに「こじんまりと家族だけでといっても、新婦側があまりに淋しすぎるんじゃない?」なんて話にもなり……。

伯父さんや伯母さんたちに出席をお願いしようかとか、いろいろ考えた。

そんなとき、カスガイが「スズキさえよければ、ゼミ生に声かけるけど?」と言ってくれて。

さらによくよく相談した結果、森岡先生とゼミ仲間で来られる人に出席をお願いすることになったのだった。


「ありがとね。なんか、本当にいろいろと……」

「うんにゃ。ほれ、あたしんときはスズキがヘルプしてくれると思ってるし」

「そう言ってもらえると……」


すごく気持ちが楽になる。

そして、そんなふうに頼りにしてくれることが嬉しかった。


「式が終わったらモリモリとみんなで同窓会よろしく昼間から飲みに行く予定だし。スズキはいろいろ気にしなくていいから」

「うん。わかった」

「あぁ、それから。アイツの世話もまかしといて。なんだっけか、ほら。えーと……あ!モランボン!」

「フランソワだよ……」


モランボンって……どこをどうしたらそんな記憶違いを……。

実は家族として式に出席するフランソワ。

カスガイには、私の友人としてだけでなくフランソワの世話役として出席してもらうことになっているのだ。

そりゃあまあ本物の生き物ではないけれど、写真撮影などのときは一緒に移動してもらったり。

フランソワが一人ぼっちで置き去りにならないように、ちょこっと気にかけてもらえるよう頼んでいたのだった。


「ま、スズキはあれだ。ドレスの裾ふんで転んでもタダでは起きないように」

「もう、何それ……。転ばないように!じゃないのお?」

「まあまあ。とにかくお気楽極楽」

「うん」

「考えすぎて歩き方忘れないように。健闘と成功を祈る。以上」

「カースーガーイ~!」

私のわざとらしい恨めしそうな声に、カスガイはふふんと小さく笑った。

「んだは、明日」

「ん。ありがと。じゃあ、明日よろしくお願いします」


カスガイの友情に感謝の気持ちでいっぱいだった。

友達っていいな、って。

思わずしみじみしちゃって。

じーんとしちゃって。

なんだかちょっぴり照れくさくなりながら電話を切った。
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