准教授 高野先生の結婚

薄明かりの中で微笑み合ってキスをする。

お風呂と寝室でしか見られない眼鏡なしの彼の素顔。

もうすっかり見慣れたものだけど、この部屋に初めて泊まりにきた日は……。

その夜のことは今でも鮮明に思い出すことができる。

期待と不安がまざった緊張も、新鮮な驚きも、嬉しさも、どうしようもない気恥ずかしさも。

まるで昨日のことのように鮮やかに脳裏に蘇る。

なのに、ひどく昔の懐かしい記憶のようでもあって……なんだか不思議。


「こんな夜でも、やっぱり寛行さんは言わないんだもんね」

「何を?」

「だーかーらー、“君は僕のものだ”とか。そういう台詞を、ですよ」


彼がその台詞を好まないことは知っていた。

たぶん“もの”って言い方に引っかかっているのかも。

だからというか「僕だけの君でいて欲しい」と言ってくれたことはある。

彼なりの独占欲の顕示。

控えめなようでいて、頑として揺るぐことのない彼らしい台詞。

紳士的でいて情熱的な。

けど、そんな彼だからこそ言わせてみたくもあった。

「君は僕のものだ」と。

「僕だけのものだ」と。

なのに、彼ときたら――。


「“おまえは俺だけのもんだから。ぜってーに離さねぇから覚悟しとけよ”」

「誰ですかそれ……」


ほらまたこうして茶化す……。

何処からの引用か知らないけどコテコテの“俺様”な台詞。

しかも棒読み……。

本当は私の考えていることなんてまるっとお見通しのくせに。


「寛行さん、感じわるーい」


脱がされたうえに組み敷かれて身動きが取れない私。

顔だけをぷいと背けて視線を逸らす。

すると、むすっと拗ねる私に彼は思いがけない言葉をかけた。


「君のものだよ」

「え?」


ん? 今、なんて……?


「僕は君だけのものだよ」


朗らかにさらりとのたまう寛行さん。

冗談みたいな言い方、だけど……十分すぎるほど伝わった。

彼の本気が、献身を誓う真っ直ぐな想いが。


「私だけ、の?」


ぎこちなく目を合わせると、彼は穏やかに微笑んだ。


「そっ。君だけの。ずっと、ずっとずっとね」


私を宥めるときの優しい目。

そんなふうに見つめられたらもう……。


「えーと……それにしては、私ってばけっこうな扱いを受けてる気がするんですが」


照れ隠しにわざと無粋なことを言ってみる。

だって、私だけ恥ずかしい恰好させられてるのは本当だし。

パンツ一枚(略してパンイチ?)にされて、まるで“お手上げでーす”みたいな具合に手首を抑えつけられて。


「まあまあ。細かいことは気にしないでさ」


余裕の笑みを浮かべて私を見下ろす彼の憎らしいこと、愛おしいこと。


「むぅぅ。じゃあもう気にしない」

「うん。気にしないで」

< 334 / 339 >

この作品をシェア

pagetop