しずめの遭難日記
プロローグ

「あ~あ、つまんないなぁ…」
 その日、何度目にかになるそのセリフを、私は父の運転する車の窓の外に見える景色を眺めながら呟いた。
「しずめ、大好きなおばあちゃんの所へ行くんだぞ?去年行けなかったのをあんなにがっかりしてたのに、今年はどうしたっていうんだ?」
 父はバックミラー越しに私に目をやると、両の手を頬に当て、いかにもつまらなそうに窓の外の景色を見ている私を見て、「フゥ」とため息をつく。
 父の運転する車は、中央道高速道路を走り、時速100㎞の法廷速度を守りながら、父の実家である長野に向かって走っていた。
「…別に。おばあちゃんの家に行くこと自体は嬉しいよ。去年は手紙書いたけど、おばあちゃんと読んでくれたか心配だし…」
 今年78歳になる私の祖母は、歳のせいか最近は目がめっきり弱くなって、手紙を読むのも一苦労だ。いつか、大きな広告の文字を読むのに、皺くちゃな顔を余計に皺くちゃにして、本当に顔が皺に埋もれてしまうのではないかと心配した事を覚えている。しかし、私はそんな祖母の事が大好きだった。友達は、私の事をおばあちゃんッ子って呼んで冷やかすけど、祖母は実にたくさんの話を私にしてくれたし、誰よりも私を可愛がってくれた。そして何より、いつでも、どんな時でも私の味方なのだ。
「しずちゃん。おばあちゃんなら大丈夫よ。しずちゃんからの手紙、嬉しかったって電話あったし…」
 不意に、聞かれてもいないのに、父の助手席に座っている女が、私に見せかけの笑顔を作って言葉を投げかけてくる。
「その呼び方!私嫌だっていってるでしょ?何度いったら分かるの?私の名前は『しずめ』
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