しずめの遭難日記
やっと目を覚ました女が、一番に祖母に挨拶すると、祖母は「気にせんでいいよぉ」と、皺だらけの顔を一層皺だらけにして手をぱたぱたと振った。
 私はそんな女を横目に見ると、いつもより更に大きな声で、祖母に挨拶する事にした。
「おばあちゃん!ただいまぁ!」
 そう言って私が祖母に飛び付くと、祖母は笑顔で私を迎えてくれる。私に続いて、父も祖母に「ただいま」と挨拶した。
「はいはい。おかえりねぇ。ま、なんもねぇけど、まずは火にあたんさぁい」
 祖母の家に着いた時、私達の挨拶は決まって「ただいま」なのである。元々、父の実家だという事もあるので、父が「ただいま」と言っているのを私が真似ていたら、いつの間にか、母も「ただいま」と言うようになり、それから、祖母の家を訪ねた時はこの挨拶が普通となっていた。
 私は、一人取り残されたように気後れしている女に満足しながら、勝手知ったる祖母の家に上がった。 
 祖母の家の居間には囲炉裏があり、それは今も活躍している。赤々と燃える炭が、部屋を暖め、今が真冬であるのを忘れる程だ。
 私は悴む手を囲炉裏に向けると、改めて窓の外の景色に目をやった。
 一面の銀世界である。
 道も畑も、今は真っ白な雪で覆われて、どこまでが道で、どこからがそうでないのか分からない。立ち並ぶ杉の木は雪をかぶり、丁度粉砂糖をまぶしたような姿だ。
「お隣、良いかしら?しず…しずめちゃん」
 私が窓の外の風景に目を奪われている隙を狙って、女が、手に二人分のお茶を持って私に声をかけてきた。
「どうぞ」
 私がそっけなく答えると、女は本当に私の隣りに座り、手に持ったお茶を私に差し出した。
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