しずめの遭難日記
「しずめちゃん。コーヒー、まだ飲む?」
「いいです」
「しずめちゃん。寒くない?」
「防寒着きてますから」
「しずめちゃん。トランプ持ってきたんだけど一緒にやらない?」
「やりません」
「しずめちゃん………」
「私、外に行ってきます」
「あ、じゃ、私も一緒に………」
「トイレなんですけど?」
 何かとうるさい女に、私が睨み付けながらそう言うと、女はちょっとバツの悪そうな顔で「気をつけて」と行って送り出した。
 本当のところを言うと、別にトイレへ行きたいわけではなかったけど、女があまりにも私にうるさく言い寄るので、それがうっとうしかったのだ。
 テントの入り口のファスナーを開けると、テント内の気温と外気温との差で風が一層激しく吹きつけてくる。私は防寒着をしっかり着込むと、もうすっかり暗くなってしまった雪山をぐるりと見渡す。「はぁ」と息を吐き出すと、白い息が空にほどけていく。その日は晴天で、月も出ていなかったために星が振ってきそうな勢いだった。
 私は、大粒の星々にしばし圧倒され、寒さも忘れて食い入るように美しい自然の絵画に目を奪われていた。
「星…綺麗ですね」
 突然、どこからともなく沸いてきた声に驚き、思わず私が振り返ると、そこにはあの女が立っていた。
「私、こんな綺麗な星空を見たの初めてです」
 女はそう言うと、私の隣りに勝手にやってきて、私と同じように空を見上げる。
「私は初めてじゃないよ…」
 …そう、私がこの美しい絵画を見るのは初めての経験ではなかった。
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