しずめの遭難日記

「前に、お母様と………ですか？」
　私は、女のその言葉に驚いて、女の顔をまじまじと見つめる。女はいつもにも増した作り笑いを私に投げかけると、手に持った鉄製のカップを差し出した。差し出されたカップには何も入っていなかったが、女はもう片方の手にポットを持っており、それで湯気の立ち上る温かいコーヒーを私に握らせたカップに注ぐ。
「そうよ。私のお母さんとよ！その時はお父さんも一緒だったけどね。なんでお父さんが貴方みたいな人に優しくするのかはわかんないけど、私のお母さんは、とっても凄かったんだからね！貴方よりも美人だったし、料理は上手いし完璧よ！私がこうやって星を眺めていたら、すぐに星座の名前を教えてくれたりして…。貴方なんて、絶対にお母さんに勝てっこないんだから！」
　私は、湯気の立ち上るコーヒーに口をつける。本当は一気に飲み干したかったけど、あの女の入れたコーヒーは熱すぎて一気に飲むと舌を火傷しそうだったので私は少しずつしかコーヒーを飲む事ができなかった。
「お母様は素敵な方だったと伺っております。鍛治さんは、私と会うといつもお母様の話ばかり…。あの方の心の中には、まだお母様が住んでいらっしゃる…。そんな事、私にだって理解できてますよ。でも…」
　女は少し悲しそうな表情で、まだ何か言いたそうだったが、不意に言葉を切って星を眺める。
「………でも？」　
　話を途中で止められるというのは実に気分が悪い。私もつい気になって、女に話しかけてしまった。
　すると、女は私に笑顔を向け、スッと指を星空に向けた。私は、女が向けた指の先を追って星空を見上げる。