しずめの遭難日記
 私は、神楽さんの話を聞いていて、段々腹が立ってきた。これは一種のノロケだろうか?叶わなかった想いがついに届いたという。私はそう思い、神楽さんに意地悪な言葉を投げかけた。
「何言ってんの?あんたなんてお母さんの代わりになるわけないじゃない!うぬぼれないでよ!私はあんたをお母さんなんて絶対よばないから!」
 私の辛辣な言葉に、神楽さんはただ、悲しそうに微笑んでいるだけだった。
「…そんな事………私にだって分かってます。私は舞さんにはかなわない…。それくらいの事、私にだって分かります。だから、鍛治さんが私と結婚してくれたのは『同情』だと言ったんです」
 舞とは、母の名前だ。
 私は泣きそうに笑っている神楽さんの顔を見て、思わずハッとした。私はおそらく言ってはいけない事を言ってしまったのだ。その事に気がついた所で、もう後の祭りだった。
 薄暗い洞窟の中は、先ほどよりまたひどくなった吹雪の音だけが、やけに大きく響く。
「………さて、お腹空きましたね?そろそろ食事にしましょうか?………と言っても、これだけしかありませんが…」
 神楽さんはそう言って、リュックの中からチョコレートの欠片と、ナッツの入った小袋を取り出した。
 それが、私達の一日分の食事だ。チョコレートは雪を溶かした湯に溶かしココアにする。薄い味付けなので美味しくはなかったが、寒い体が暖まる。
「お父さん…。帰ってこないね」
 私が会話を振り出しに戻すと、神楽さんはまた「大丈夫」と私を励ましてくれた。

 
< 44 / 52 >

この作品をシェア

pagetop