しずめの遭難日記
 私は、一目見た時から、その女の事が気に入らなかった。まず、その顔!毎晩毎朝、美白液は欠かした事がございません。といったような白い肌に、近づいたら刺さりそうなまつげ、ウェーブのかかったを肩に垂らして、化粧もバッチリだ。髪の毛の隙間から時折見える金色のイヤリングに、胸元があいたブラウスからはお飾りのシルバーのクロスネックレスをしている。女は私を見下ろす長身で、降り注ぐような作り笑いが印象的だった。
「初めまして。しずめ…ちゃんね?神楽です」
 女は求めてもいないのに自己紹介を勝手にすると、凶器になりそうな爪にピンク色のマニキュアが施されている大きな手を私に差し出した。
「はぁ………初めまして………」
 その場の空気も読めず、思わず反射的に手を握り返してしまった事を、私は自分の人生に置いて一生残る汚点として、この日を忘れることはないだろう。
 父は、女の手を握り返した私を見て、少し安心したような笑顔を浮かべて、次にとんでもないことを口走った。
「しずめ。今日は重大な話があって、お前と神楽さんを会わせる事にしたんだ。突然のことで驚くかもしれないが………神楽さんを、お前の新しいお母さんとして迎えたいと思う」
 初め、私は父が何を言っているのかわからず、凄く間抜けな顔をしていたと思う。しかし、照れくさそうに下を俯く女と、私を推し量るような笑みを作っている父の表情に、私の14年物の脳味噌はピンと来た。
「え?お父さん何いってんのッ?」
 私の突然出した大声に、レストランにいた人達が一斉にこちらを向く。でも、今の私にはそんな事関係なかった。
「…だから、お父さんは神楽さんと………その………再婚しようと思うんだ」
 父は困ったように作り笑いを浮かべると、女の隣りに座り、彼女の手に自分の手を重ねた。
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