世紀末の恋の色は
香りも味も、本当は強過ぎて若さを感じさせるのみ。

しかし、美味い理由はそんなものではない。


「美味しいのかな、よく分からないけれど。銘柄はあるの?」

「いや、ドイツ辺りの名もない農家が作った無銘の安酒だ」


レナが感じたのは素直な驚き。

アルフレートが好んで飲むのは、てっきり一本で田舎の家の一か月の食費が賄えるような高級品だろうと思っていたから。

もう一度、グラスを傾けてみる。

甘さと苦さが熱を伴って身体の底へ落ちた。

そこから少し、身体中に火照りが広がる。

熱の分だけ、闇の怖さが薄らいだ錯覚。

レナがグラスを空けてしまうと、アルフレートがまた注ぎ足す。

どうしてだろう、不意にレナの脳裏にそんな疑問が走る。

眠れない私のことなんて放っておいても良いはずなのに、なぜアルフレートは。

ワインのせいか、滑りやすくなったレナの舌は、疑問を簡単に質問に変換した。


「ねえ。どうして私にこんなことまでしてくれるの?」


レナの問いに、アルフレートは少し目を細めて、自分のグラスを飲み干した。

かたん、アルフレートは手に持ったグラスをサイドテーブルの上に置く。

数秒の沈黙が落ちる。

瞳を閉じてしまったアルフレートは、言葉を探しているようで。

そうして彼はゆっくりと赤い瞳を開き、レナを見た。


「人は夜には眠るべき生き物だ。眠って、その一日を安息の死で迎えなくてはならない。
 そして朝また新しい生を受け、一日を過ごさなくてはならない。だから、だ」


レナは小首を傾げる。

アルフレートの言いたいことは、つまり。


「きちんと眠らないと明日ちゃんと起きられないからってこと?」

「……まあそう受け取っても構わないが」


言って、アルフレートは自分のグラスに再びワインを注ぐ。

ゆるゆると水面を揺らしながら、少しだけ笑った。




.
< 29 / 44 >

この作品をシェア

pagetop